研究センター設置の目的

(1)研究センター設置の目的

― リスク社会から安心ある心豊かな社会へ ―

リスク社会から安心ある心豊かな社会へ
人は生まれてから人生を終えるまで、様々なリスクに直面している。現在社会において、人々が直面するリスクは、社会システム上の不備および環境変化等の理由により、増大していると言って良い。例えば、母親の胎内にいる時から生まれ出るまでの間にも、医療システムの不備による産婦人科医の不足が原因となり、近年リスクが高まっている。学校教育を受ける間も、親の経済的状況等の理由により学業面でドロップアウトするリスクとか、学校でのストレスが原因となり不登校になり、学業を継続できなくなるリスクもある。教育政策を誤れば、教育機会の格差が拡大し、人生のはじめの段階で格差が生まれることになる。学校教育を終えて就業する場合にも、失業のリスクとか、非正規労働者としてしか働くことができないリスクが存在している。1990年代以降、雇用の非正規化が進み、労働者が直面するこれらのリスクは増大している。雇用の非正規化は、結婚のリスクをも増大させている。男性にとっては、非正規化の進展により、家計を維持し、子供を養育するに必要な所得を得られないリスクが増大し、結婚できないリスクが増大している。結婚できない男性が増大することは、結婚できない女性が増大することをも意味している。さらには、企業の雇用形態がワークライフバランスを欠いたものである場合には、女性が働きながら子育てをすることができなくなり、女性のキャリア形成が阻害されるリスクが高まる。企業を辞めて結婚し、子育てをしようと希望した場合でも、離婚時の経済状況が劣悪であれば、結婚という選択が持つリスクが大きくなる。特に、非正規労働と正規労働との処遇の格差が大きい場合には、企業を辞めて結婚することのリスクは大きいと言える。結婚し、家庭を持ち、子供を授かった場合にも、保育サービスの不足とか、保育サービスの質の問題により、子供を安心して預けることができないリスクもある。高齢になれば、疾病のリスクや介護を必要とするリスクが高まるが、医療サービスの価格が高くなったり、良質な医療サービスの供給が不足したり、介護サービスが不足したりする場合には、幸せな老後を維持できなくなるリスクが高まることになる。そして、年金制度の財政が悪化すれば、引退期の所得を確保できなくなるリスクも高まることになる。実際、このような社会保障財政の悪化による保障機能低下のリスクは高まっていると言って良い。
リスク社会から安心ある心豊かな社会へ
さらには、社会システム上のリスクも存在している。例えば、交通システムが自動車を中心に構成されている場合には、交通事故のリスクが高まる。また、防災構造も インフラおよびコミュニティ機能といった社会システムと関連しており、災害後のリスク管理およびメンタルケアまで包括的に分析する必要がある。
リスク社会から安心ある心豊かな社会へ
これまで、上記で述べた様々なリスクに関して、国内・国外において数多くの研究蓄積が存在している。しかしながら、リスクを生み出す社会制度上の不備とか問題が、人生の様々な局面でのリスクとどのように関連しているのかという、包括的なアプローチによる研究は十分には進められていない。例えば、雇用における非正規化は、非婚化および少子化の本質的な要因となっているだけでなく、所得格差の拡大をもたらし、教育機会の不平等をも引き起こし、社会における不公平感の拡大と意欲格差の拡大をもたらし、犯罪の増大といった社会不安を引き起こす遠因ともなっている可能性がある。この例からも分かるように、様々なリスクを分離して、個別に研究するのみでは、リスク社会の本質的な構造を明らかにすることができないことになる。本研究センターでは、リスク社会の本質的構造を明らかにし、 安心ある心豊かなな社会を実現するために必要な政策を提示することを目的としている。
現代社会は、技術の発展が進んでいるにもかかわらず、

生活を取り巻くリスクは依然として大きな脅威となっている。

リスク社会の本質を学際的に分析することにより、

安心ある心豊かな社会の形成を目指した研究を進める。
Tea time
IT化の副作用
人間の心理がIT社会においてどのような影響を与えるかについて、2008年秋に起きた経済危機は色々と考える機会を与えてくれました。多くの人が首をかしげたのが、なぜこれほどの早さで世界的規模での需要の激減が起きたのかである。多くのビジネスマンは、あまりのスピードの速さに驚愕している。これほど短期間で需要が激減した一つの理由に、「在庫管理のIT化」があるのではという声をしばしば耳にする。
ある在庫水準を超えると、コンピューターシステムによって、自動的に生産を減少させ、調達を減少させることになる。多くの企業がIT化された在庫管理システムを採用しているとなると、需要減少のショックは、瞬時で末端企業までおよび、取引のある企業はすべてその影響を瞬時で受けることになる。
このようなIT化された在庫システムが、人々の経済に対する心理にどのような影響を与えるのであろうか?人々は、需要の急激な落ち込みに対して、パニック状態に陥り、過剰に計画を下方修正する危険性がある。そして、それが景気の悪化を加速する。IT化は、そんな思わぬ心理的佐用を通じて、経済の崩壊に拍車をかける危険性を有しているのである。
T.Y.